2012年11月1日木曜日

交通違反ブログ 取締り110へのコメントへの反論


先日、交通違反ブログ 取締り110へのコメントへ、Knock氏からコメントが寄せられました。
これに対する反論を、ブログ運営者が記事にされておられました。
興味深い内容だと感じましたので、ここで引用させえていただきます。

なお黒文字部はKnock氏のコメント。
青文字は運営者のコメントです。

何が正しくて何が悪いのか。
読み手のみなさまご自身でご判断を
いただければと思います。

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初めまして、knockと申します。ブログを拝見させて頂きました。熱意を感じます。多くの人へ力を与えていらっしゃるのだと思います。正義感も感じます。

しかし、結論を申しますと、私はあなた様のこのブログは間違いであり、現状の信念をお持ちなら、辞めて頂きたいと思います。理由は以下の通りです。

あなた様はブログにて、『批判は受け付けない、これは私の生き方だから』とあります。ですからネット上でご自身の価値観・生き方を公開するのは自由ですが、 このブログは、はっきり申しますが、『犯罪を犯したまま逃げることの手助け』です。

不同意です。私は現行法には多々おかしい部分があり、改正すべきだと思いますが、少なくとも私が提唱している否認法も、検挙後の否認の対応も、何ら法を犯すものではありません。「違反が事実であっても、納得いかなければ否認してよい」と主張し、その方法を伝授することが『犯罪を犯したまま逃げることの手助け』ではないことは明白でしょう。まあ、たまに「白バイから逃げ切る方法」をコメントする事もありますが、それに関してはおっしゃる通りですねw

たかが交通違反。しかし病死と違い、事故死は心の準備覚悟なく逝くものです。危険性がない違反、これで切符かよ、確かに気持ちは分かります。

他の記事にもソースを貼りましたが、事故原因の上位3つは「わき見運転・漫然運転・その他」です。「違反こそが事故原因である」という妄想を捨てていただかなければ話が進みません。

でも警察官は、このドライバーは危険な違反はしない、と予知できません。人間なんて意志が弱い、欲はどんどん出る、違反する人はどの場所でも違反するのが現状ではないでしょうか。

警察のマンパワーが限られているなら、事故に直結する違反から検挙すべきでしょう。危険性のない違反では事故は起きません。危険性がない場所だから多くのドライバーが速度を出し、一時停止を徐行で済ますのです。同じ地点が、日本よりは合理的な諸外国なら、制限速度があと20km/hは高かったり、一時停止ではなく「徐行」だったりして、そもそもまともな交通規制を敷いていれば、青切符の違反のほとんどが、そもそも違反とはならないでしょう。

危険な違反とはなんでしょうか。私は19キロ超過の違反も 危険な違反と思います。40キロから50キロへ速報を上げた場合、10キロ増えただけなのに40キロで停止した地点をAとすると、50キロの場合A地点で はまだ30キロも速度が残ります。30キロでひかれれば、死亡する可能性はぐんと高くなります。衝撃力はとても大きく脳みそが飛び出る事例もあります。

警察がよく使う「唯減速論(速度は低ければ低いほどよい)」というロジックですが、文明社会における科学技術とは、便利さと引き換えに安全性を犠牲にするものであり、どこまで犠牲にするかは国民が話し合って決める問題です。原発問題は代わりに背負うリスクが大き過ぎるので止めてくれと思っている国民が大多数です。安全とされる水力発電だって、ダム湖の問題や環境破壊を伴います。そういったリスクよりも治水や都市部への水の安定供給というメリットの方が大きいと判断してそのリスクを背負うのです。道路交通についてどこまでのリスクを背負うべきかを判断するのは国民であって欲しく、他国のようにマジョリティルール(8割の人間が危険だと思うラインから先を違反とする)に従って交通規制を決めたのであれば、今の規制とは似ても似つかぬものが出来ていたでしょうね。

取り締まる場所は、簡単に確保できないそうです。違反車両を危険に停止させる訳にもいかないですし、切符を作成する場所も必要です。見通しの良い場所で速度 取締り、納得いかない気持ちは分かります、しかし、一カ所でもカーブ(先が見通しにくいとか)がある場合や、渋滞する場所がある場合などは、いくら見通しが良い直線があっても、60キロや80キロ規制だそうです。理由は、ヒューマンエラーがあるからです。速度をしっかりコントロールできるとは限りませんよね。疲れや技術力があります。速度差により進路変更時の事故も生じます。

まさに警察側の屁理屈しか書いていないと思いますが、取締り場所の確保の問題など、事故防止の観点からすれば何の意味もないでしょう。事故が多発する地点や時間帯はある程度判明しているのですから、そこにこそ警官を投入して事故を防止させれば良いのです。途中に見通しの悪いカーブがあるなら、そのカーブの部分だけを40km/h規制にして、残りの直線は80km/h規制にするのが欧米式の速度規制です。日本では、あなたのご指摘通り、「途中に危ない区間があれば全区間の制限速度を抑える」事をしていますが、まさに速度超過の検挙の為以外の何物でもありませんね。

事故を無くすには車社会を無くすのが一番です。それが無理なら、技術力が低い人に合わせ、疲れている人に合わせた法律が合理的ですよね。万人が守れる度合いの法律で少しでも事故が起きにくい法律が必要です。それが教習所で習う法律の運転です。

これも不同意です。車はぶつかれば人を死傷させるだけの威力を持った走る凶器とも言える鉄の塊なのであり、運転免許とは文字通り「免許」なのですから、技術力の低い人には免許を与えてはなりません。歯科医の国家試験には技能試験がないため、技能試験がある美容師・理容師以上にヤブが多いのと同じ話です。最近では認知症の老人ドライバーの事故が多いという問題が取りざたされていますが、「認知症でも更新できる免許」に何の意味があるのでしょうか?是正すべきはまずはそこではないでしょうか?なお、疲れている人は運転してはなりません。道交法の内容には賛成できる部分と反対したい部分がありますが、過労運転の禁止については賛成です。

勿論違反になるとはいえ、ウィンカーを直前で出した方が安全な場合もあり、試験の走り方が一番安全ではありません。
しかし、そのような安全に直結する違反は取り締まることはなく、将来の危険に直結する可能性がある違反を警察官は取り締まると思います。

残念ながら、警官は「取締りやすい違反を取り締まる」のであって、そんな良心的な警官は皆無に近いでしょう。あなたがそう「思う」のはそれこそ思想の自由ですが、日々目にしている実際の現実とは随分乖離していますよ。

私達は、毎日たまたま事故しないだけです。10 キロの怖さを知らないだけです。危険性がある、ないは誰にも分かりません。道路は生きています。普段有り得ない事が起きて事故は起きます。取り締まられた 状況が危険性なし、は本当でしょうか。自転車はスピードをつけて左側から来ます、車のピラー(窓枠)で人は消えます(死角)。少なくとも将来の危険性はあります。

将来の危険性を理由に検挙するだなんて、独裁国家や警察国家にありがちな予防拘束と変わりがないと思いますが?「自動車を運転している」というだけでも「将来事故を起こすかもしれない危険性」はあります。じゃあ、違反ですか?

違反する人はどこでもどんな時でも同じように違反します、人間はエスカレートします。

それも警察が言いそうな極論ですね。私が知っているほとんどの人間は、わざと危険な運転なんかしません。どう考えても危険性のない行為が、異常に厳しい交通規制によって勝手に「違反」とされているだけです。道交法は別に国民の総意で作られた法律ではありません。直接民主制下で改正したら、今とはまるで異なる法律に変わるでしょう。こういう異常な法律を見て、「おかしいから改正しろ!」と訴える権利くらいは私にもありそうなものですが?

白バイ隊員のの給料明細を見たことがあります。毎月安定した額、つまり毎月同じ、これが公務員は安定しているのか、と思いました。ノルマなどないと言っていました。管理目標という数字はあり、それは自分の取締りを計画するものだそうです。先月は信号無視が少ないから今月は信号無視を重点的にするか、というも ので、違反がなければそれにこしたことはなく、給料が下がることもなければ上司に怒られることもなく、逆にたくさん取締りをしても給料は変わらないとのことです、それが公務員です。
ネットで警察嫌いな方がノルマと書き込み、それを信じている方が多いそうです。私は取締り数に応じて給料が増えても個人的にはいいと思います(市役所含め能力主義)。民間も成績優秀者は査定アップです、交通警察官だけ責められるのはおかしいと思います。

情報源が「現職白バイ隊員」という時点で、証言の信憑性が著しく失われますね。ブログを読み返しても、「検挙が歩合制なので検挙しまくってる」なんて書いた事は一度もないと思います。交通反則者納金には最初から「予算」があり、公務員は「業務評価+試験結果」で昇進していくのですから、予算を割り振られた各所轄が管理目標であれ努力目標であれ、名前を変えたノルマを職員に課し、ノルマを果たせない(業務成績が悪い)職員はなかなか昇進させてもらえないという現状があるのではないかという私の仮説はどこか間違っていますかね?なお、交通課の警察官に本来求められる事は「事故防止」であって「違反の検挙」ではないハズですが、「事故数の減少」に応じるのではなく、「検挙数」に応じて給料を増やすべき、という発想をしてしまうのは何故でしょうか?

話しがそれましたが、燃えるゴミは週2回と決まっています、出したくても皆我慢します、夜出すと放火の原因になります。皆我慢します。
交通違反も同じです。危険性がないと判断している人も、悪いこととわかっていても、捕まればお金を払います。自分のケツは自分で拭く、悪いとわかってやってそれがお巡りさんに見られた、ごめんなさいする。それが社会ですよね。それが大人ですよね。それが人間ですよね。

関係ない話を提示して、誰かの主張を否定するやり方は、ネット工作員によくある手法なのですが、「ゴミ出し」と「交通違反」が同じだとお考えなのですか?危険でもないのに、悪くもないのに、警察の交通規制課と公安委員会と法案の中身も読まないアホ議員によって今の道交法の惨状があるのですが、PC遠隔操作事件で虚偽の供述を強制した警官達が未だに刑事処分されない現状を見てもそう思いますか?私からすれば、ヤクザ暴力団でしかない警察に恐喝されそうになった時に、殺されない範囲で抵抗してNOの意思表示をしておかないと、それこそヤクザと同じく、「大人しく払う奴からは一生奪い続ける」という未来が待っているだけだと思いますね。暴力団にはNOと言うのが健全な社会、大人、人間ではないでしょうか?

警察官も17万人いれば悪い人もいますよ、どの民間組織にも悪い人はいますよ、マスコミ的には民間人より警察官のネタを報道しますよ。
でも真面目に仕事してる警察官がほとんどですよ。

その主張には根拠がありません。真面目に取り立てやってるサラ金のチンピラは認めてやらなきゃなりませんか?「事故数が減ると交付金額が減る」という計算式がある時点で、まともな取締りは期待できないと思うのですが、予算達成の為に真面目に集金活動をしている警官を認めてやらなきゃなりませんか?

それをブログで、みなさん反則金の使い道を考えて下さいとか、不起訴率がこうですとか、ルールを守らなかった違反と直結するのはおかしいと思います。子供をそうやって育てるんですか。悪いとわかってやったなら、素直に謝り、責任は自分でとる。そう育てるのが人の道だと思います。

一部の支配者層が大衆管理の為につく嘘に惑わされず、自分で調べ、自分で考えて自らの行動を決めていける人間を育てるのが親の務めだと思ってます。「法律で決まってるから」で思考停止してしまうのでは、治安維持法のような恐ろしい法律がある国家では(つまり今のニホンの事ですが)「支配層のトップエリートの意思に反する行為は全て悪」と考えて、素直に謝り、罰金でも懲役刑でも甘んじて受ける国民を育てろとでも?それは人の育て方ではなく、家畜か奴隷の育て方ですよ。私は、善悪の判断を自分で出来る人間を育てたいと思っています。

警察や世の中への批判は必要です。間違いは誰しもあります。でもそれは、自分の責任を果たしてからすることですよね。

その「責任」を定義するのは誰ですか?法で認められた防御権を放棄して反則金を納める事がどうして「責任を果たした」事になるのか、そのロジックがさっぱりわかりません。

このように人の道を正々堂々と歩み、納得できなくとも反則金を支払っている人はどうなるのですか。

「カルトに騙された哀れな被害者」ではないでしょうか?カルトからの脱退を勧めるのは難しいものですが、カルトの被害者救済活動には、一定の成果が認められていると思います。

あなた様は卑怯です。その生き方を世の中に広めるのは辞めて下さい。このブログを読んだ人の数に比例して、違反が増える気がしてなりません。

違反は増えませんよ。今の道交法は厳し過ぎて、違反せずに運転する事が事実上不可能です。警察が検挙数をコントロールしているだけの話であって、私のブログが広まって増えるのは、違反でも事故でもなく、「否認事件数と不起訴数」だけです。まあ、予算に満たない焦った警察が会計年度末あたりに無茶な検挙を繰り返す危険性は高いですけどね。

違反が増えれば必ず事故は増えます。いつでも危険性のない違反をできる程、人は器用ではありません。

違反数の実態は計測不能です。なお、検挙数と交通事故発生件数には何の因果関係もありません。
http://blog.goo.ne.jp/rakuchi/e/2661aaacb49e0f9b80f490594b066221

思想は自由です。しかし犯罪を助長していることは確かです。

確かに思想は自由です。しかし、金と出世の為に魂を売り、本当の意味での事故防止策を怠るという不作為によって、警察がまともに機能していれば防げた事故がどれほどあるかは想像もつきません。今の警察を擁護する行為は、「このまま事故は減らないで欲しい」と願い、そうなるように行動している警察の犯罪にも等しい人命の見殺し行為を助長している事も確かだと思います。




原文はこちらです。

取締り110番 道交法違反・交通違反で否認を貫き 警察と闘うブログ 
http://blog.goo.ne.jp/rakuchi

「ワナ」を仕掛けて交通違反の反則金を稼ぐ警察〜そのセコすぎる手口

21世紀になっても続く 交通違反取締における歪んだ運用は 警察官個人の資質によるものでは決してありません。 「お金を生み出すシステム(仕組み)」から 根絶しない限り 不幸の連鎖は続くことでしょう。 (以下引用) http://gendai.is...