2011年7月24日日曜日

TwitterのAさんのつぶやきから(道交法の宗教化)

先日、Twitterなる文明の利器を徘徊しているとき、
たまたまAさんのつぶやきを拝見する機会に恵まれました。

さすが警察がテレビ局と結託して
プロパガンダしているだけのことはあります。
(警察24時とかね^^)

警察が見事に道交法の宗教化に
成功している事例でした。


日常がうまくいっている環境にある方ほど、
なんとなく日常の規則(社会システム)すべてが正しく、
それを非難するモノは
反社会的な思想の持ち主で
かっこわるいという
印象をもつ傾向にあると思います。
(いわゆる勝ち組ですかね^^)

 


そう、原子力行政・東京電力
それぞれの意志決定者も
自分たちの安全基準がすべて正しいと
信じて疑っていなかったように。

基準に難癖つけるやつは
かたっぱしから無視排除する
ことが正義だと考えていた
ことでしょう。


 
・・・地震がおこるまでは。





ここで、Aさんのツイートをご紹介しましょう。



■Aさん 



■Aさん 
被害にあったことないんだろうなぁ。信号無視の軽トラに突っ込まれて、左半身不随で、私が中学生の時に母が一年間入院した。母子家庭だったし、ものすごく大変だった。


■Aさん

(#ワタクシは何も申し上げておりません。他の人からなにか反論があったのもしれません。)


 ■Aさん
決まりは決まりじゃないの?守ってないくせに文句言うのおかしいよ。絶対に違反してないのに捕まったならともかく、10kmしかオーバーしてないのに……って、違反してんじゃんって話ではないの?
確かに、ノーヘル二人乗りのバイク追いかけて死なれたら困るから、ノルマか見せしめか知らんがスピード違反をひっそり張り込む……それがどうかは、論点か?スピード違反しなきゃいい話だろ?



もちろんAさんが考えたり、発言すること自体を否定する気も
そんな権利も自分にはありません。


ただ、ワタクシには共感できません。
失礼ながら、大変思慮浅く感じます。

・・・むしろ、彼女を可哀想に思います。
ほんとに、心からご自身の信念で
語っておられるのでしょうか?



彼女の順法精神には敬意を表しますが、
法が制定された時点と、現代の社会情勢の変化を無視して、
「法でさだめられているから絶対である」
「法に触れたモノはすべて有罪で、
文句をいう権利などない。気分悪い。」

と短絡的に考えるのは、
きわめて稚拙(あるいみ危険)な思考だと考えます。
(そう考えること自体は、ご本人次第なので否定しません)


・・・統治者側からは、維持管理しやすい
大変都合がよい国民に映るでしょう。
まさに、警察の交通課から表彰されそうな思想です^^



例を挙げるならば、この日本でも
戦前は女性に参政権が与えられていませんでした。


その当時の多くの女性は、
いろんな社会状況のなかで、
(おそらく教育を受けられなかった人ほど)

「お上がきめたことだから正しい。」
「政治は男がすることで、
女が口出しすることではない」


という風潮や世間体にながされ、時には「??」となりながらも
なかば強制的に受け入れさせられてきたこと思います。



では、この女性に参政権を付与しなかった
明治憲法は、現代でも正しいでしょうか??

現代の私たちなら
ほぼ間違いなくNOというでしょう。

それは、法が間違っていると
抗議したり、主張するでしょう。
(ちなみに、女性参政権がみとめられたのは1945年になってのことです。)


つまり、環境や民意は、時とともに移り変わります。
それとともに法とその運用も変わるべきです。
道交法もまったくもって同じです。

「現実と乖離した法の運用が行なわれ、
裁判所の判断が、健全な市民感覚や
科学的法則と遊離するときに、
法は危殆に瀕する。」


そう、科学的根拠をもたず、
現実から乖離して運用される法は、
それはすでに法ではなく
宗教にすぎません。


多様な価値観が許される国情である
日本においては、
宗教の強制力など、
大きな抑止力になり得ません。

逆に、人々から法を守ろうとする精神を
薄弱にするだけです。


ドライバーライダーがもっとも身近にある宗教のようで法。。
それが道路交通法です。


道路交通法が宗教ではなく法である限り、
それはお上が決めるモノではありません。
民主主義国家にすむ、
ワタクシ達で決めるモノです!!


 
しかも、昭和35年制定の道交法を、
自分たちの利権目当てに
都合良く運用する警察・・・。




警察の取締りは、悪質性の低い外形上の
違反行為であれば
警告処分ですますこともできる
にもかかわらず、
問答無用で違反切符をきって、
反則金収入を得ようとします。



ドライバー自身に、
本当の違法行為(=危険性のともなう)を
した認識が伴わない
切符を受け取ったところで、


「運が悪かった・・」
「見つからなければOK」


という解釈ですませてしまうため、
本当の交通安全を実現するために
必要な真の順法精神が
根付くことなどあり得ません。




そして、それこそが警察描く
シナリオどおりです。



なにしろ、事故や違反がなくなれば、
自分たちのOBの再就職先が
なくなるのですから!


 
こりゃ経産省や東京電力よりも
根深い巨悪にちがいありませんな・・・。


もっと現実的で実行力の
ある道交法にするためにも、
不当な取締りには信念もって抗議。
断固否認を。



 
そして、その積み重ねをもって
法改正実現を!
(だけど、自分が道路の安全に危険を与えた自覚が
ある方は、おとなしくしててくださいね^^;)
 
 

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